じゃじゃ馬ならし

「ううう、わんわん、わん!」
と、身体いっぱいに警戒心をこめて、足を踏ん張ってその黒い子犬は吠えた。
「……やれやれ、いつになったら馴れてくれるのかな」
 ケイン・フュリー曹長が、捨てられた子犬を拾って来てから一ヶ月。
 紆余曲折のすえ、ホークアイ中尉がその子犬を引き取ることになった。「ブラックハヤテ号」と名付けられたその子犬は(そのネーミングセンスはどうなのかと、誰もがつっこみたいところだったがそんな勇気のある者は、東方司令部には一人もいなかった)、リザ・ホークアイ中尉のもとで元気に育っていた。
 元気なのはいいが、ロイ・マスタング大佐がリザのアパートを訪れるたびに彼に吠えかかるのには、ロイも辟易していた。
「……ブラックハヤテ号なりに、これは危険人物だと判断しているのではないでしょうか」
 ロイを部屋に招き入れながら、リザが冷静に言った。そして、足下のブラックハヤテ号に「静かに、ブラックハヤテ号」と吠えるのをやめさせた。
「言うね、君も」
 背後で扉を閉めるやいなや、リザを抱き寄せてロイは付け足した。
「その危険人物をやすやすと部屋に入れてしまっている君は、とても危ういのではないのかね?」
 抱き寄せられるがままになりながら、リザは沈黙していた。ロイの抱擁は、優しいようでいて、がっしりと自分をとらえて離さない。
「ん?違うかね」
 ロイは、なおも問いただした。リザは小さく溜め息をつくと、答えた。
「大佐以外、この部屋に入った男性はいません」
「リザ。約束は」
「……ロイ」
 二人きりの時は、名前で呼び合うこと。それが約束だった。でも、リザにはそれがとても恥ずかしい。
 互いが軍属になる前には「マスタングさん」と呼んでいたものだったが、恋人になってからは意識してしまって、そのファーストネームをなかなか呼べないでいた。
「よし」
 ロイは口の端をゆがめて微笑うと、リザに軽くキスをした。それだけでリザは頬を染める。
 また、足下で、ブラックハヤテ号が、ううう、と唸った。と、ロイが懐から何か棒のようなものを取り出して、ひょいと犬の方へ投げた。ブラックハヤテ号の注意はすぐにその棒に向き、そして、ぱくりとそれに食いついた。
「どこからビーフジャーキーが……」
「じゃじゃ馬ならしは得意なのさ」
「それ、考えようによっては失礼な発言だと思いませんか」
「自覚があるらしいな。ならおとなしくしたまえ」
「んっ……」
 再び唇を奪われて、リザはもう何も言えなくなってしまうのだった。