背中を預けるということ

「大佐、聞いていらっしゃるんですか?」
 ホークアイ中尉の非難じみた口調に、マスタング大佐は、閉じていた目を開けた。
「聞いているとも。マルマルサンマル時よりハクロ中将とその部下との会食だろう?」
「やっぱり聞いていらっしゃいませんでしたね。ハクロ中将とは、ヒトヒトヨンマル時よりの会談がありますが、昼食は一緒ではありません」
「どちらでも良い。あんな奴」
「仮にも上官に対して、その物言いは、お控えになった方が賢明と思われますが」
「仮にも、という物言いも、大概失礼だと思うがな」
 胸奥に隠していた心理をずばりと言い当てられて、ホークアイ中尉は、言葉に詰まった。咳払いで誤摩化し、今日の予定の続きを読み上げる。そして、手にしていた書類(たっぷり五十枚はくだらない)を、どさっと上官のデスクの上に置いて、言った。
「それでは、こちらの書類に目を通して、必要なものにはサインをお願いいたします。期限が迫っていますので、一時間でお願い致します」
「こんなにあるのか。二時間欲しいな」
「一時間です」
 断固たる中尉の口調に、大佐は肩をすくめた。
「了解した。コーヒーをいれてくれ」
「はい」
「ああ、その前に右手を出したまえ」
「え?」
 訝しげな表情を浮かべながらも、中尉は大佐に自分の右手を差し出した。と、その手を大佐はグイと引っ張った。全く予想していなかったことに、中尉の身体はぐらりと傾いた。半身が大佐に覆いかぶさるような体勢になる。
「た、大佐……!」
「今日も綺麗だ、リザ」
 誰にも聞こえない低い声で、耳元で囁くと、大佐は一瞬で中尉の身体を解放した。ばっと身体を離すと、中尉は大佐に背中を向けて言った。
「……失礼します」
「コーヒーだぞ、中尉」
「わかっています!」
 顔を真っ赤に染めた中尉がカツカツと足音高く執務室を後にするのを見送りながら、大佐は笑みを浮かべた。
 大佐は一人になると、胸ポケットから小さなものを取り出した。手のひらに乗せて、しばらく眺める。それは弾丸を発射したあとに落ちる薬莢だった。
 東方司令部時代、自分が過激派を名乗る団体に所属する男から襲撃されたことがあった。
『下がってください!大佐!』
 そう言って、彼女は続けざまに発砲した。そして、その男の銃を弾き飛ばし、膝を撃ち抜いた。その時に、カランカラン、と音を立てて地面に落ちた薬莢を、大佐は密かに拾って常に胸ポケットに入れていた。
 リザを愛しく思う時、ロイはいつもその薬莢を手にするのだった。