悲しい性

「いい加減にしたまえよ」
「こちらの台詞です」
 ロイ・マスタング大佐と、リザ・ホークアイ中尉のこんな押し問答も、中央司令部では、ごくありふれた光景である。なので、今さら誰もオロオロしないし、ましてや止めに入るなんていう真似もしない。
「やれやれ、実力行使に出るしかないのかね?」
「な……! やめてくださいっ、大佐……! あっ……」
「ほら、いいだろう?」
「もう……」
「うん、綺麗だな」
と、ここまでは我慢して聞こえないふりを続けていた面々だったが、さすがに聞くに耐えなくなってきたのか、一人がガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
「そのへんにしてもらえませんか、二人とも」
 勇気ある行動をとったのは、ジャン・ハボック少尉だった。
 ロイは、苦虫をかみつぶしたような表情の彼を見て、それから部下の顔をぐるりと見やった。照れてうつむく者、ニヤニヤ笑いを浮かべている者、さまざまだ。
 たっぷり三十秒は経っただろうか、ようやくロイが答えた。
「そうだな……タダで見せるのも惜しいな」
「わ、私は見世物じゃありませんっ」
 赤面したリザが、髪を押さえながら駆け足で部屋を出て行った。バターンという扉の閉まる大きな音が、彼女の怒りをよくあらわしている。
 やや気まずい沈黙の流れる部屋に、大きな音を立てて電話のベルが鳴った。ロイは澄ました顔で自席に戻ると、受話器を取る。
「私だ。ああ、つないでくれ。……もしもし? やあ、君か。元気かい? あっはっは、言うね、君も。もちろん、忘れてなんかいないよ」
 もうつっこむ気にもなれず、ハボック少尉はガックリと椅子に腰をおろした。
 そこへ、リザが戻ってきた。すっかりいつもの冷静さを取り戻しているようだ。いや、よく見ると生え際のあたりがうっすらと濡れている。
 さては、顔の火照りをとるために顔を洗ってきたな、とハボックは横目で彼女を見ながら思った。
 そもそもは『バレッタを取るとどうなるんだ』という犬も喰わないじゃれ合いだった。リザが拒めば拒むほど、エスカレートしていくロイは、まるで子供だ。
……アンタの嫌がる顔が見たいんだぜ、アイツは。
「とびっきり色っぽいからなぁ」
「え?」
「なんでもないッス」
 思わず口をついて出た言葉を、適当にごまかす。
「……ああ、そうだな。長い髪がいい。金髪なら、なおいいな」
 不敵な笑みを浮かべてロイが吐いた台詞は、電話の相手先へ向けられたようでいて、明らかにリザへ向けられたもので。
 苦心して取り戻したはずの平常心を、あっさり崩されてしまい、頬を紅潮させている上官を見て、ハボック少尉は大きくため息をついた。
 彼女の匂い立つような美しさは、まぎれもなくロイ・マスタングが引き出したものだと、わかっている。わかっているのに、惹きつけられてしまうのは男の悲しい性なのだろうか。
「なあ、ハボック、どう思う?」
 いつのまにか電話を終えたロイから聞かれて、ハボックは憮然とした表情で答えた。
「俺はボインならなんでもいいです」
「セクハラで訴えますよ」
 ぴしりと言うリザに、ハボックは思わず大声で不平を述べた。
「はぁ? なんで俺だけ……!」
「じゃ、二人まとめて訴えるわ」
 どうせ訴えられるんだったら、もっとイイコトしたいぜ、と言いそうになったが、命の危険を感じたので踏みとどまったハボックであった。