懲りない男

 やっと訪れた二人きりの夜だった。
 ロイはリザの髪の毛をはらいのけ、彼女の首に走る斜めの線をそっとなぞる。
「痕が残っているな……まだ痛むのか」
 リザが斬られたときのショックを思い出し、ロイは思わず顔をしかめた。リザはそんなロイの様子を見て、すぐに答えた。
「いえ。たまに、引き攣れるような感じがすることはありますが」
 ロイは肩をすくめて言った。
「わたしは、君に傷をつけてばかりだな」
 背中に残る古い火傷のことを言っているのだと悟ったリザは、
「……別に」
と答えた。
 そして、しばらくの間ののち、ぽつりと言った。
「あれは傷ではありません。ああしていただかないと、わたしは──」
 いましめを解き、リザ・ホークアイ個人になるためだと、彼女は言った。
 しかし自由になったはずの彼女を、また縛りつけてはいないか。
 かといって、彼女を自分の側から去らせることなど、とてもできそうにない。
 ロイは独り言のように呟いた。
「せめて、心は傷つけないようにしたいものだ」
「……わたしは、大丈夫です」
 ふっと、リザの顔にほほえみがこぼれた。
 久しぶりに彼女の笑顔を見たロイの心臓が跳ねる。
「可愛い」
 思わず洩らした感想を、リザは即座に否定した。
「いいえ、可愛くなんかありません」
「私が可愛いと言えば可愛いんだ」
 妙に強情なやりとりをしたすえに、リザはため息をついて言った。
「もっと他に女性はいるでしょうに……あなたなら、よりどりみどりのはずでしょう?」
 ははは、と笑ってロイは不敵な口調で答えた。
「私は懲りない男なんだ」
「そうなんですか?……実は、わたしもです」
「と言うと?」
 ロイの問いかけに、リザはくるりと彼に背を向けてから答えた。
「何度も同じ人を好きになるんです。この人だけはやめておこうって、諦めたはずなのに、気づくと目で追っています。どうしたらいいですか?」
「それは──」
 言葉を次げずにいるロイに近づき、リザは少し悪戯っぽい口調で訊いた。
「責任とっていただけますか?」
 何か考える前に、ロイはリザの身体を力いっぱい抱きしめていた。
「喜んで」
 そしてリザの髪の毛をかきまわすように撫でながら、キスをした。
 どんどんキスが深くなり、互いが理性を手放してしまうと思いきや、ロイの脳裏にひとつの懸念が浮かんだ。
 いったん唇を離して、それでも彼女の身体は腕の中にしっかりおさめたままで訊く。
「その……今すぐには、無理なんだが」
「えっ?」
 訝しげな顔をするリザに、ロイはばつの悪そうな調子で言った。
「大総統になってから……で、いいだろうか」
「何がですか?」
「いや、だからその、けっこ──」
 言いかけて、ロイは急に口をつぐんだ。こんな形でプロポーズするのか?……答えは否、だ。
「今はまだだ。だが、必ず」
 きょとんとしているリザの身体をもう一度抱きしめて、ロイは言った。
 少し間があってから、リザが震えだした。まさか、泣いているのか? と思って彼女の顔をのぞきこむと、リザは笑っているのだった。
「なぜ笑う!」
「すみません、でも、なんだか可笑しくて」
 リザのくすくす笑いが部屋に響く。
 彼女が相手だと、なぜか道化になってしまう。でも、笑っているリザを見て、それでも構わないか、と思ったロイだった。